勝又壽良のワールドビュー

好評を頂いている「勝又壽良の経済時評」の姉妹版。勝又壽良が日々の世界経済ニュースをより平易に、かつ鋭くタイムリーに解説します。中国、韓国、日本、米国など世界の経済時評を、時宜に合わせ取り上げます。

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    中国は、高級耐久消費財の購買力が急激な低下に見舞われている。住宅・グッチ・iPhoneの売上げが急減しているのだ。不動産調査会社の中指研究院のデータによれば、業界上位100社による2024年1~2月までの住宅販売額は、前年同期比51.6%の落ち込みである。『東洋経済オンライン』(3月26日付)が伝えた。

     

    スイスの高級腕時計は、2月に輸出が減少した。中国本土向けは前年同月比25%、香港向けは同19%それぞれ減った。アナリストの間では、中国での高級品需要は年内に一段と冷え込むと予想されている。『ブルームバーグ』(3月25日付)が報じた。

     

    アップルのiPhoneは、中国出荷台数が2月、前年同月比で約33%減少したことが政府のデータで明らかになった。データによると、国外ブランドのスマートフォン出荷台数は2月に約240万台にとどまった。この出荷数の大半は、アップルが占める。iPhoneは高価格帯である。『ブルームバーグ』(3月26日付)が報じた。


    中国消費は、高価格帯が売れず低価格帯へシフトしている。雇用不安が、消費不安へとつながっているからだ。住宅不況が、大きく影響している。一方、中国政府はこうした状態を否定し、明るさを強調するチグハグさをみせている。

     

    『日本経済新聞 電子版』(3月24日付)は、「中国首相『不動産問題』深刻ではない、外資に投資訴え」と題する記事を掲載した。

     

    中国政府は3月24日、北京市で世界大手企業80社以上のトップを招く国際会議を開いた。李強(リー・チャン)首相は不動産や地方債務の問題について「一部の人が想像するほど深刻ではない」と主張し、外資企業に対中投資を呼びかけた。

     

    (1)「外資企業は、巨大な中国市場を重視する姿勢を示すが、首相と直接話し合う恒例の会合は見送られる。中国との意思疎通を不安視する声も出ている。国際会議「中国発展ハイレベルフォーラム」が25日までの日程である。李氏は、開幕式で「世界の企業が中国に投資することを歓迎する」と強調した。また、「中国は今年も5%前後の成長を目標としており、国内需要の拡大に努める。科学技術のイノベーションを推し進め、人工知能(AI)の発展も加速する」と述べた。対外開放も進め「中国の大きな市場は世界にとっても大きなチャンスとなる」と訴えた」

     

    中国政府は、24年のGDP成長率「5%前後」の実現を気軽に考えている節がみられる。もっとも、李首相は全人代の演説で実現に多くの障害のあることを認めたが、この国際会議ではトーンが変わっている。短期間に、中国経済の基調に変化があるはずはないからだ。それは、高級耐久消費財の売行きが急悪化していることに表れている。

     

    『東洋経済オンライン』(3月18日付)は、「中国不動産大手、12月の住宅販売額 半減の深刻」と題する記事を掲載した。これは、中国『財新』記事の転載である。

     

    「不動産会社は春節(中国の旧正月)の商戦を盛り上げようと、あの手この手の販促活動を展開した。その結果、一部の都市ではショールームの来店客数が幾分増えたが、顧客側は様子見の雰囲気が濃厚で、成約増にはつながらなかった」。中指研究院のチーフアナリストを務める劉水氏はそう話す。

     

    (2)「劉氏の分析によれば、不動産会社の(値引きや特典などの)販促活動が期待外れに終わった主因は、消費者が自分の収入や中国経済の先行きに不安を抱き、それが住宅需要の縮小を招いていることだ。ただし、12月の住宅販売額の落ち込み幅が大きかった裏には、比較対象である2023年1~2月の住宅販売が好調だった反動もある。中国では2022年12月に「ゼロコロナ政策」が事実上解除され、それまで抑制されていた需要が一気に噴出。不動産市況が2023年1月から3月にかけて一時的に回復したからだ」

     

    今年の1~2月の住宅販売が、前年同期比51.6%の落ち込みになった背景には、昨年同期が「リベンジ消費」で一時的回復状況にあったことの影響が出ている。これを割り引かねばならない。

     

    (3)「先行き不安の高まりによる住宅需要の縮小は、これまで市況が相対的に堅調だった「一級都市」と呼ばれる北京、上海、広州、深圳の4大都市でも顕著になりつつある。例えば深圳市は、(不動産投機を抑制するために)住宅購入者に課していた一定期間以上の在住年数や個人所得税・社会保険料の納付記録などの条件を2月に廃止した。北京市は、(郊外の南東部に位置する)通州区の住宅購入制限を一部緩和し、上海市は外郭環状道路の外側の地域で単身者に対する住宅取得制限を撤廃した。にもかかわらず、2月の販売データからは一級都市の住宅取得制限緩和の効果が見えない。深圳、北京、上海のいずれでも、同月の新築住宅の成約面積は前年同月比6割を超える減少を記録した

     

    これまでの住宅不況は、主として地方都市で顕著であった。「一級都市」は、地方ほどの悪化でなかった。だが、今年の1~2月はついに「本丸」へ住宅不況が波及してきたことを示している。李首相は、不動産問題は深刻でないと見得を切っているが、厳しい現実に直面している。

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    韓国は、儒教社会ゆえに「長幼の秩序」が厳格である。企業で、先輩が後輩の部下になることなどあり得ない。先輩は永遠に先輩であり、後輩の下風に立つことはメンツが許さないのだ。こういう年功序列が、技術漏洩の動機になっている。出世できなかった恨みとして、会社に機密情報を持ち出し漏洩させるのだ。

     

    『日本経済新聞 電子版』(3月26日付)は、「サムスンなど技術流出、5年で96件 中国に漏れる競争力」と題する記事を掲載した。

     

    サムスン半導体部門の元常務(66)らが半導体工場の図面資料を入手して中国に流出させた。検察は韓国の産業技術保護法違反にあたるとして2023年6月に元常務ら7人を起訴した。

     

    (1)「元常務はサムスン退職後、ライバルのSKハイニックス(当時はハイニックス半導体)に移って最高技術責任者(CTO)まで務めた人物だ。中国・陝西省で半導体工場を建設するために、台湾の鴻海(ホンハイ)精密工業から8000億円規模の資金を受ける約束を交わしていた。さらに200人ほどの韓国人技術者を採用していたとされる。半導体が米中対立の焦点となり、鴻海は資金拠出を断念して計画は頓挫した。中国に台湾資本によるサムスンのコピー工場が稼働していた可能性もある。3月20日の第9回の公判まで被告らは一貫して無罪を主張し、裁判の行方は見通せない。国家が技術者の外国就業を制限できるのかといった論点も浮上している」

     

    サムスン出身の元役員は、鴻海からの出資によってサムスン中国半導体工場の近くに、全く同じサイズの半導体工場を建設する計画であった。これが現在、技術漏洩で裁判が行われている一件である。

     

    (2)「サムスンは技術流出に目を光らせてきた。社内の複合機で使う印刷用紙には特殊な金属箔を埋め込み、情報を印刷して持ち出そうとするとゲートで探知機が作動する。新型コロナウイルスの感染拡大期でも技術職の在宅勤務を認めなかった。それでも転職者などを介しての技術流出は止まらない。米政府主導で対中包囲網が狭まり、正攻法で技術の蓄積が難しくなった中国企業が暗躍しているためだ」

     

    サムスンは、技術流出阻止に全力を挙げている。かつてサムスンは、日本の半導体技術者をソウルへ招き、「闇アルバイト」という形で直接指導を受けた。こういう「のどかな時代」と異なって、現在の中国はスパイもどきの戦術を使ってくる。油断も隙もならないのだ。

     

    (3)「韓国産業通商資源省によると、23年まで過去5年間で半導体や電池、有機ELパネル、造船分野など産業技術の海外流出案件は96件にのぼった。うち半導体は38件と最も多く、ディスプレー(16件)、自動車(9件)が続く。流出先の大半は中国だ。所属企業で出世競争に敗れた技術者らが中国に渡る。液晶パネルで世界首位に立った京東方科技集団(BOE)は100人超の韓国人が在籍し、有機ELパネルの技術開発を担った。摘発された技術流出は「氷山の一角である可能性が高い」(同省関係者)」

     

    韓国技術漏洩先の大半は、中国である。韓国技術者を大量に採用して、ノウハウを習得している。

     

    (4)「韓国が、基幹産業と位置付けてきたディスプレーや造船、石油化学、電池、鉄鋼など幅広い産業で中国企業が世界首位に立つ。国家主導で規模拡大にまい進する中国製造業と同じ土俵で戦っていては勝ち筋が見えない。韓国の貿易統計には長期停滞の予兆が表れる。最大貿易相手国である中国向けの輸出23年に1248億ドル(約19兆円)で、前年比20%減と過去最大の減少幅を記録した。半導体不況や中国の景気低迷という要因もある。それでも自動車や鉄鋼、化学などで中国企業が技術力を高め、韓国製品を必要としなくなった構造変化は見逃せない」

     

    中国と韓国の産業構造は極めてよく似ている。だが、これまでは相互補完であった。現在は競争関係へと変わっている。中国の技術力が上がってきたからだ。違法な摂取方法であろうと、韓国の技術をマスターしている。

     

    (5)「弘益大学のシン・ミンヨン教授は「中国が質的な経済成長をなし遂げたため、韓中は補完関係から競争関係へと変貌した」と指摘する。韓国では労働組合を支持基盤とした文在寅(ムン・ジェイン)前政権下で法整備された「週52時間労働」によって仕事への姿勢、働き方が大きく変わった。財閥大手の幹部は「働く意欲を持つ若手には帰宅を促さなければならず、定時帰りに慣れて『時間を会社に売る』意識も根付いてしまった」と話す。かつての出世競争を戦い抜く「モーレツ文化」は様変わりした」

     

    「週52時間労働」は、韓国の長時間労働を是正する手段であったが、弾力的な運用ができず、「紋ギリ型」になっている。繁忙期に残業時間を延長することが困難になっているからだ。

     

    (6)「輸出産業を多く抱える財閥企業の競争力が低下すれば韓国経済も減速する。23年の国内総生産(GDP、実質ベース)成長率は1.%にとどまり、日本の成長率(IMF見通しで2.%)を25年ぶりに下回った。1970年代から急速に経済発展を遂げた韓国も成長率12%の停滞期に入ったとみるアナリストも多い。日本以上に少子高齢化が進む5170万人の内需は力強さを欠き、このままでは2020年の名目GDP世界10位をピークに後退していく懸念もある」

     

    韓国経済は、技術的な行き詰まり問題も抱えている。GDP世界10位が、韓国の最高位であってこれからは、13位以下に落ちる可能性が強まっている。

     

     

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    5年前の香港では、中国の専門知識を持つ金融プロフェッショナルが、UBSグループシティグループなどの金融機関から引っ張りだこであった。それが現在は、失職したバンカーが職を求めて苦しい日々を送っている。短時間に、「天国と地獄」を経験させられている。原因は、言わずと知れた香港の中国化と米中対立が背景にある。こうした構造問題が横たわっている以上、香港金融界へ再び陽がさすことは期待薄であろう。

     

    『ブルームバーグ』(3月26日付)は、「金融のプロ 香港で再就職困難ー5年前の引く手あまたから一転」と題する記事を掲載した。

     

    わずか5年前は、中国の専門知識を持つ金融プロフェッショナルはUBSグループシティグループなどの金融機関から引っ張りだこだった。小米や美団などの新規株式公開(IPO)により、金融の中心地としての香港の地位はニューヨークと張り合うレベルまで高まった。こうした金融プロフェッショナルの努力が寄与し、香港と米国に上場する中国本土企業の時価総額は計6兆米ドル(約908兆円)を超えた。

     

    (1)「米中の地政学的緊張が資本市場に大きな打撃を与えている現在、株価低迷と経済の見通し悪化で香港のIPOは干上がっている。また、中国共産党の習近平総書記(国家主席)が推し進めるデータセキュリティーと金融市場規制の強化により、中国企業による資産取得や海外上場は難しくなっている。かつて、シティでも働いていた元バンカーは、「中国の上昇軌道や国内外の金融市場緊密化を当然のことと思っていたが、今は一時的な現象に過ぎなかったと理解している。恐ろしい」と述べた」

     

    香港金融市場は、米中対立と中国による金融市場規制が重なって、5年前までみせた繁栄がウソのように消え去った。

     

    (2)「金融ディール仲介の中心地だった香港は、最大級のダメージを受けた。さらに米国の大手銀行で相次いだレイオフやグローバル資本の対中投資引き揚げが、国際金融センターとしての香港の役割低下に追い打ちをかけた。人材あっせん会社ロバート・ウォルターズのマネジングディレクター、ジョン・ムラリー氏によると香港で求職中のエントリーレベルより上の金融専門家は同氏が扱う求職者数に基づくと「数百人」に達する。同氏は「香港は非常に脆弱(ぜいじゃく)な市場であり、人員削減はまだ続くだろう」と語った」

     

    香港は、数百人の金融プロが失業する異常事態に追込まれている。さらに今後、失業者が増えそうである。

     

    (3)「ゴールドマン・サックス・グループJPモルガン・チェース、シティはここ1年半の間にアジアで数度にわたり人員削減を行ってきた。ゴールドマンの元従業員は、解雇をきっかけに自分と同僚は香港にとどまるべきかだけでなく、業界にとどまるかどうかについても考え始めたと話した。中国・香港市場のIPO減少は、膨れ上がった従業員数を正当化できなくなり、各行がアジア全域でリストラを検討せざるを得なくなることを意味する」

     

    ゴールドマン・サックス・グループJPモルガン・チェース、シティといった投資銀行は、ここ1年半の間に矢継ぎ早に人員整理をしている。事態の急変を告げている。

     

    (4)「実際に業界を離れたバンカーもいる。昨年、グローバル投資銀行のアナリストの職を失ったヤンさん(24)は求職活動を数カ月続け、コンサルティング会社やベンチャーキャピタル、プライベートエクイティー(PE、未公開株)投資会社の面接を10社ほど受けたが採用には至らなかった。ヤンさんは結局、中国本土の実家に戻り、従来型金融以外のキャリアを目指すと決めた。「競争は以前よりはるかに激しくなっている。PEの求人が1件あれば、数百人の元銀行員から履歴書が殺到する」とヤンさんは語った。ヤンさんら取材に応じた一部の人々は重要なキャリアに関する問題だとの理由で、フルネームを明かさない条件で話してくれた」

     

    金融専門家1人の求人に対して、数百人が応募する就職難だ。採用される確率は、宝くじを買うようなものだ。

     

    (5)「昨年12月、香港の金融専門家数を反映する香港証券先物委員会(SFC)の免許取得者数は4万4722人と、2021年末から600人余り減った。金融業界が22年域内総生産(GDP)の約23%、雇用の7.5%を占めていたことを考えると、金融サービス活動の鈍化は香港経済を圧迫しそうだ」

     

    香港GDPは、金融サービスが23%も占めている。香港経済が、大きな打撃を受けるのは不可避である。 

     

    あじさいのたまご
       

    米国では、日本製鉄によるUSスチール合併に政治的な動機で反対論が強まっている。バイデン氏が、大統領選を控えてUSW(全米鉄鋼労組)の支持を得るためにあえて行った発言とみられている。このように、政治の都合で民間企業の合併問題へ介入することは、中国の国家資本主義に似てきたとの批判を浴びている。 

    『ウォール・ストリート・ジャーナル』(3月25日付)は、「中国型資本主義に向かう米国」と題する記事を掲載した。 

    中国系短編動画投稿アプリ「TikTok(ティックトック)」が中国企業の傘下にとどまるのか、米国内でのサービス利用を禁止されるのか、それとも事業を売却するかを決めるのは誰か。ワシントンの政治家だ。米鉄鋼大手USスチールを買収できるのは米企業なのか日本企業なのかを決めるのは誰か。ワシントンの政治家だ。

     

    (1)「かつては取締役会や株主総会で行われていた経営上の意思決定が、米国各地でますます政治の影響を受けるようになっている。米国が、生産手段を政府が管理する社会主義に向かっているわけではない。しかし、国家資本主義に傾いているのかもしれない。そこでは、国益を確保するため政府が日常的にビジネスに介入する。問題は、TikTokとUSスチールの事例が示すように、国益の定義が時々の政治的優先事項に適合するように絶えず変更されていることだ」 

    米国の国益は、市場経済によって実現するものである。この原則が、トランプ氏とバイデン氏の二人の大統領によって危機に瀕している。政治が、経済へ介入しているからだ。 

    (2)「米国は自由放任主義の楽園であったことは一度もないが、他のどの国よりも自由市場資本主義を信じ、効率性と利益を基に資本の配分が決まることを認めていた。ドナルド・トランプ前大統領もジョー・バイデン大統領もこうした考えを持っていない。2人とも自身が描く国益のビジョンに合う方向に企業の経営判断を誘導するため、税金・補助金・規制・権威など連邦政府のあらゆる手段を喜んで使う」 

    大統領は、自らの権限によって企業の経営判断を税金や補助金などを使って誘導する。だが、こういう誘導策を超えて企業の合併問題へ介入するのは越権行為である。

     

    (3)「中国の全体的な経済モデルは、外国企業を組織的に差別するなど、市場経済と公正な競争に関する原則を選択的に無視することによって機能している。中国の国家資本主義は国際的な競争の場を自国が有利になるようにうまく変えたため、米国を含む他国にその国なりの国家資本主義を採用させる結果を招いた」 

    米国は、中国の国家資本主義モデルに対抗するために、自らも同じ手法に陥る危険性を弁えなければならない。 

    (4)「トランプ氏は米軍が国内企業から鉄鋼を調達できるようにする必要があると主張し、同盟国からの輸入鉄鋼にも関税を課した。2020年にはTikTok事業の米投資家への売却を強制しようとしたが、失敗した。バイデン氏が追求する国家資本主義はトランプ氏ほど個人的ではなく、より洗練されている。目標は二つある。米製造業とグリーンエネルギー産業を育成するとともに、重要な技術と知識の国外流出を規制することで安全保障を強化することだ」 

    バイデン氏は、トランプ氏よりも洗練された形でグリーン産業と重要技術の国外流出阻止を目指している。

     

    (5)「バイデン氏は先週、日本の鉄鋼大手、日本製鉄によるUSスチール(本社ペンシルベニア州ピッツバーグ)買収に反対する意向を表明。同氏の国家資本主義もトランプ氏同様に、個人的で政治的、そして最終的に非生産的になりかねないことを示した。バイデン氏はUSスチールが米国内で所有され続けることが必要だと述べたが、その理由は何だろうか」 

    そのバイデン氏が、トランプ氏と同じ手法で日鉄のUSスチール合併反対論を打ち上げた。 

    (6)「日本製鉄の潤沢な資金や日本の自動車メーカーとの緊密な関係、電気自動車(EV)モーター用の特殊な薄い電磁鋼板を製造するための専門技術は、USスチールを強化するはずだ。中国の巨大企業に対抗する日米連合の企業が生まれれば、市場経済を掲げる民主主義国の協力というバイデン氏のビジョンを体現することにもなる。だが、全米鉄鋼労組(USW)は労組のある工場に対する日本製鉄の約束に疑念を持ち、買収反対を表明した。トランプ氏だけでなく、激戦州のオハイオ、ペンシルベニア両州選出の上院議員も同様の反応だった。バイデン氏もペンシルベニア州の有権者の支持を失うことを恐れ、その流れに加わった。バイデン氏は20日、USWの支持を得た」

     

    日鉄は、EVモーター用の特殊な薄い電磁鋼板技術をUSスチールへ移転させてくれる。これは、米国鉄鋼業にとって大きな刺激である。しかし、バイデン氏は大統領選優先により合併反対論でUSWと取引している。ただ、選挙後に合併承認説も根強い。バイデン氏は、老練な政治家として振る舞っているのかも知れない。 

    (7)「ここは中国ではない。トランプ氏もバイデン氏も、自分が望む結果を単に企業に押しつけることはできない。だが、彼らの意図を予想して企業は行動を変える。投資は最大のリターンのためにではなく、政治的な都合で行われるようになる。経営陣は権力者たちの機嫌を損ねるような発言を避ける。企業は市場ではなく権力の回廊の中で競争相手に勝とうとするため、国家資本主義と縁故資本主義の境目が曖昧になる」 

    政治家は、合併という高度の企業判断へ介入してはならない。これが、米国経済の原則である。

     

     

     

    テイカカズラ
       

    企業経営では、「三代目」はリスクを伴うものとされる。日本には、「売り家と唐様で書く三代目」という言葉がある。初代が苦心して財産を残しても、3代目にもなると没落してついに家を売りに出すようになる。その売り家札の筆跡は唐様でしゃれているというのだ。 

    韓国サムスン電子が、まさに「三代目」である。二代目の猛烈経営者であった李健熙氏の後を受けた三代目の李在鎔氏は、朴槿恵大統領(当時)の失脚に絡む贈賄罪で長く被告の身であった。これが、経営の空白を生んだのだ。 

    『日本経済新聞 電子版』(3月25日付)は、「サムスン、細る先代の遺産『前例ないとGo出せない』」と題する記事を掲載した。 

    サムスンで働く30代の研究開発職の社員は、昨秋に直属の上司に告げられた言葉が忘れられない。「その改善案に前例はあるのか、そうでなければGoサインは出せない」。この社員は製造工程での歩留まり(良品率)改善のアイデアを「前例がないからこそ挑戦したい」と訴えたものの、役員の耳には届かなかった。

     

    (1)「サムスンの常務以上の役員任期は1年だ。短期間で成果を出さなければ再契約はない。出世競争の中で役員らは短期成果を求め、現場の技術者らが腰を据えて研究開発に挑む気風は乏しい。サムスンもまた「大企業病」を患っている。そんなサムスンに見切りをつけて、ライバルのSKハイニックスに転じる技術者もいる。エリートぞろいで失敗を過度に恐れるサムスンに対して、SKは「新しいアイデアも積極採用しないとサムスンと渡り合えない」(技術者)ため現場発の挑戦を推奨する社風がある。この企業文化が花開いたのが、人工知能(AI)浸透で需要急増中の「広帯域メモリー(HBM)」と呼ばれる次世代DRAMだ。SKはAI半導体で独走体制を築く米エヌビディアと関係を深めてHBMでサムスンに先行した」 

    常務以上の役員任期は1年では、中長期の経営方針は出るはずもない。しかもトップが、長く被告の身である。サムスンの経営が10年間、横ばいであったのは当然であろう。 

    (2)「AIブームを読み誤ったサムスン社内の動揺も大きく、23年7〜9月期はSKに追い上げられた。10〜12月期は巻き返しに向けた大号令がかかり、在庫を吐き出してシェアを取り戻したものの、かつてのメモリー王者の余裕はなくなった。競争力の低下は半導体メモリーに限った話ではない。スマートフォンでは10年以上堅持してきた世界首位の座(出荷台数ベース)を23年にアップルに明け渡した。自社スマホの出荷低迷は、部品供給を担う半導体やディスプレーなど他部門の販売減にもつながる」 

    サムスンが、AIブームの見誤りをしたのは決定的なミスであった。これが、半導体戦略の躓きの原因になった。スマホでも高級化路線の定着で、サムスンはアップルの後塵を拝する結果になった。

     

    (3)「受託生産などのシステム半導体は、19年時点で「2030年世界首位」を掲げたが、TSMCの背中は遠のく。米政府の国産回帰策に呼応した米インテルも受託生産の本格展開を表明しており、2位サムスンが追われる立場となる。家電とディスプレーは中国の競合企業がシェアを高めており、サムスンの主力4事業(スマホ・半導体・家電・ディスプレイ)の収益力がじわじわと弱まっているのが現状だ」 

    非メモリー半導体メーカーのTSMCは、業績が絶好調である。日本へ工場進出するなど、日台を基盤にして、次の発展を目指している。サムスンは大きく水を開けられている。 

    (4)「かつてのサムスンは、「日本に学べ」が経営戦略の軸だった。ただ00年代にテレビや半導体、ディスプレー、携帯電話で日本の電機大手を打ち負かし、世界トップに駆け上がったことで手本となる先行企業を失った。先代の李健熙(イ・ゴンヒ)前会長が率いたサムスンは既存事業を「種」「苗木」「古木」などと分類し事業刷新を繰り返して成長を続けた。10年には「10年後、現在の事業がすべて市場から消える」と訴えて社内に危機意識を植え付けようとした。もっとも同氏が育てた4事業体制は有効だ。問題は、事業構成の変化が乏しい点にある。14年、李健熙氏が病に倒れた後の10年間で、サムスン電子の売上高と営業利益はほぼ横ばいとなってしまった」 

    李健熙氏が、病に倒れた2014年以降、サムスンは業績横ばいという「停滞局面」に陥っている。

     

    (5)「2014年5月に李健熙氏が心筋梗塞で倒れ、急きょ代役を務めることになった長男の李在鎔(イ・ジェヨン)現会長。医薬品の受託生産事業の育成に注力し、16年に米車載部品メーカーの買収を決めるなど変革を模索してきた。しかし、17年の韓国の政権交代後に贈賄罪や資本市場法違反などに問われて逮捕・収監された。拘束は計1年半に及び、その後も裁判対応に追われて思うように経営を主導できなかった。242月には最後に残る裁判の一審判決で無罪となり、司法リスクからようやく解放されるメドが立った。李会長が実質トップとなって間もなく10年。幹部人事を掌握し、自由に差配できる条件が整いつつある。裁判の最終尋問では「サムスンを世界一流企業に跳躍させるためにすべてを尽くす」と誓った。売上高50兆円規模の巨大財閥の浮沈が双肩にかかる」 

    李在鎔氏は、前会長に比べて性格的に荒々しいことは不向きに見える。この経営者のもとで、サムスンは難局突破ができるのか。

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